
やさしい UNIX & Linux | 第3回
はじめに|個人の時代へ、静かに引き継がれた思想
UNIX が生まれたのは、研究所の中でした。
限られた環境で、限られた人たちが使うための存在だったのです。
けれど、その思想は、
やがて研究所の外へと流れ出します。
一人の学生の、
「自分のパソコンで、ちゃんと動かしたい」
という素朴な願いをきっかけに。
それが、Linux のはじまりでした。
一人の学生と、学習用のUNIX
1990年代初頭。
フィンランドの大学に通っていた リーナス・トーヴァルズ は、
UNIX に強い興味を持っていました。
当時、UNIX はすでに完成された存在でしたが、
- 高価で
- 専門的で
- 個人が自由に使えるものではありませんでした
そこで彼が使い始めたのが、
教育用として作られた MINIX です。
MINIX は学ぶためのOSでした。
しかし、使えば使うほど、
- 「ここを変えたい」
- 「もっと中を知りたい」
という気持ちが生まれていきます。
その違和感こそが、最初の一歩でした。
最初の Linux は、とても小さかった
リーナスが作り始めた Linux は、
最初から完成されたOSではありません。
できることは、ほんのわずかでした。
- 起動する
- プログラムを実行できる
それだけです。
けれど、その「それだけ」が、
とても大きな意味を持っていました。
- 自分の手で作り
- 自分のパソコンで動かす
Linux は、
「仕組みが見えるOS」 として、
静かに形を持ちはじめたのです。
世界に向けて、そっと開かれた扉
1991年、
リーナスはネット上に、短いメッセージを投稿します。
それは、
壮大な宣言でも、革命の宣言でもありませんでした。
「趣味で作っているOSです」
という、控えめな言葉。
けれど、その一文は、
世界中の技術者たちの目に留まります。
そこから、
少しずつ手を加える人が現れ、
少しずつ輪が広がっていきました。
Linux は、この瞬間から
一人の作品ではなくなっていきます。
共有され、育てられるOSへ
Linux には、はっきりした特徴がありました。
- 中身が公開されている
- 誰でも改良できる
- そして、また共有される
それは、UNIX が大切にしてきた
「共有と協力の文化」 そのものでした。
多くの人が、
自分のできる範囲で関わり、
Linux は少しずつ育っていきます。
完成された設計図があるのではなく、
動きながら、形を整えていく。
Linux は、
- 「作られるOS」から
- 「育てられるOS」へと変わっていきました。
UNIX の思想を、個人の手へ
Linux は、UNIX をそのままコピーしたものではありません。
けれど、
- 小さな部品を組み合わせる
- 単純な仕組みを大切にする
- 必要なことを、必要なだけ行う
その思想は、確かに受け継がれています。
UNIX の考え方は、
研究所から大学へ、
そして 個人のパソコンの中へ 届いたのです。
おわりに|Linux は、身近な場所で動いている
今、Linux は、
- サーバーの中で
- スマートフォンの中で
- インターネットの裏側で
静かに動き続けています。
それは、
特別な誰かのためのものではありません。
- 「知りたい」
- 「触ってみたい」
その気持ちから始まった世界です。
次の回では、
Linux がどのように広がり、
さまざまな形へと変わっていったのかを、
もう少しだけ、遠くまで見渡してみましょう。
UNIX Cafe の物語は、
まだ続いています。
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